消えていくクリエイターたち

あるYouTubeチャンネルが収益化停止になったという投稿を見た。登録者数は32万人。手描きのアニメを2〜3週間に1本、台本も自分で書いて、声も自分で収録して、という制作体制だったらしい。

「量産型コンテンツと判定された」という。本人は納得していない様子だった。

気持ちはわかる。ただ、サムネイルと動画一覧を見た瞬間に「あ、これは判定されるな」と思った。

ブランドより先にテンプレートを作ってしまった

量産型と判定される理由は、AIで作ったかどうかでも、手抜きかどうかでもない。

問題はブランドが確立する前にテンプレート化してしまったことだ。

ちびまる子ちゃんは毎回同じフォーマットで作られているが、量産型とは言われない。それはフォーマットが固まる前に、キャラクターへの愛着と「この作品らしさ」が先に確立されていたからだ。

逆に言うと、ブランドがない状態でテンプレートだけが先行すると、外から見れば「同じパターンの繰り返し」にしか見えない。YouTubeのシステムも同じように判定する。

キーホルダーが作れるか

ブランドが確立しているかどうかを測る基準として、私は「キーホルダーが作れるか」を使っている。

キャラクターやロゴのキーホルダーを作ったとして、それを欲しいと思う人がいるかどうか。

これはグッズが作れるかどうかの話ではなく、見た瞬間に何かを思い出させる力があるかどうかの話だ。

ヒカキンのロゴを見て「あ、ヒカキンだ」とわかる人は多い。「ヒカキンチャンネル」という名前を自分のチャンネルに使おうとする人がいないのは、法律の話より先に、その認知が積み上がっているからだ。

ロゴやキャラクターはブランドそのものではなく、積み上げた認知を呼び起こすトリガーに過ぎない。トリガーだけ作っても、引いた先に何もなければブランドにはならない。

「知る人ぞ知る」という言葉がある。ただ、知らない人の方が圧倒的に多い時点で、ブランド戦略としては機能していない。知る人ぞ知る、は多くの場合、ブランドが確立できていない状態を言い換えているだけだ。

YouTubeのことを研究した人と、攻略法を研究した人

長く残っているクリエイターと消えていくクリエイターの違いを考えたとき、一つの問いが浮かぶ。

「あなたはYouTubeの何を研究しましたか?」

YouTubeのことを研究した人は、視聴者との関係、自分が作りたいもの、届けたい人を研究した。プラットフォームは手段に過ぎない。

攻略法を研究した人は、アルゴリズム、タイトルの最適化、サムネイルのA/Bテストを研究した。アルゴリズムが変わった瞬間に詰む。

攻略法はプラットフォームのルールに依存しているから、ルールを変えられたら終わりだ。YouTubeのことを研究した人は、アルゴリズムが変わっても視聴者との関係が残る。

冒頭のチャンネルの話に戻ると、動画一覧を見る限り、研究していたのはYouTubeのことではなく、YouTubeの攻略法だったように見える。

次回、その先の話をする

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