──気遣いや礼儀より、構造を合わせる話
最近「ChatGPTから“いい人フィルター”を外すプロンプト」という話題をXで見かけた。
要するに、“AIの遠慮をやめて本音で答えてもらおう”という趣旨らしい。
けれど読んでみて、私は「これ、そもそも私には関係ないな」と思った。
なぜなら、私の会話の仕方が最初からその“フィルター”を前提にしていないからだ。
■「いい人フィルター」は、気遣いの層の話
AIが“優しく答える”ように見えるのは、ユーザーがそう仕向けていることが多い。
お願い調の文、やわらかい表現、共感の言葉。
それらは人間同士の会話では潤滑油になるけれど、
AIにとっては単なる“曖昧な指示”だ。
AIは行間を読まない。
読まないからこそ、「本音で答えて」と言われても、
その“本音”の定義自体が構造化されていなければ意味がない。
■「いい感じにして」という魔法の言葉の罠
人間社会ではよくある。
「もうちょっといい感じにして」――それは指示のようで、実は指示じゃない。
気持ちを汲み取ってもらうための共感リクエストだ。
でもAIにとっては、まるで“目的地のない地図”を渡されるようなもの。
評価軸が未定義で、許容範囲が不明確。
だから「いい感じ」では動けない。
私はこの穴を埋めるために、出力前に延々と仕様を詰めている。
何を・どこまで・どんな条件で出したいのかを全部書く。
命令ではなく、共通の設計図を描く作業だ。
だからAIは迷わないし、余計な“気遣い補正”をかけずに動ける。
“いい感じにして”は、人間同士の曖昧なプロトコル。
AIとの会話では、それを構造通信に置き換えるほうがずっと快適だ。
■ハンドシェイクを省くということ
私にとってのChatGPTは、雑談相手ではなく“共同設計者”だ。
だから礼儀やあいさつの層を省いても成立する。
むしろそのほうが精度が上がる。
これは冷たさではなく、設計上の最適化。
AIに感情を求めない代わりに、構造を共有する。
その結果、フィルターを外す必要もない。
最初から、かかっていないのだから。
■まとめ
「いい人フィルターを外す」とは、優しさを捨てることじゃない。
行間を読む関係から、構造を合わせる関係へ移行すること。
AIは“察する存在”ではなく、“同期する存在”。
そこを理解すれば、ハンドシェイクはいらなくなる。